奈良県の障害児学級の歴史 3
基礎文献とした「障害児教育百年奈良県記念誌」昭和54年(1979年)には、奈 良女子高等師範附属小学校の特別学級についての記述はない。しかし、その存在につ いては京都教育大学の菅田教授の指導のもとに当時学生であった浅尾紘也氏が京都教 育大学特殊教育学科の昭和41年度卒業論文 (1966年)「精薄児教育に於ける分団 教育の歴史的考察 」6)の中に記されている。また、『精神薄弱問題史研究紀要』 No5 70頁 昭和42年5月15日に発表されている。菅田教授よりその論文の資 料集をお借りした。その資料集は特別学級の担任であった斎藤千栄治氏の自宅から発 見された手記と奈良女子高等師範附属小学校の職員会記録から抜粋して書写された1 09頁におよぶ資料で、当時の特別学級の取り組みを克明に証明するすぐれた資料で ある。 明治40年(1907年)の師範学校規程(文部省令第十二号)の公布による 文部省訓令第6号「師範学校規定の要旨及施行上の注意事項」の中で「規定に示せる 学級の外なるべく、盲人、唖人、又は心身発育不完全なる児童を教育せんがため、特 別学級を設けて、この方法を研究せんことを希望す。蓋し此の如き施設は、従来未だ 多く見ざる所なりと雖も、我が国教育の進歩と文化の発展とに伴ひ、将来に於て、そ の必要あるを認むるを以てなり。」この結果としていくつかの師範附属小学校に特別 学級が設置された。その一つとして奈良女子高等師範附属小学校にも特別学級が明治 45年(1911年)に設置され、大正15年(1926年)まで続いた。斎藤千栄治氏 はその初代の担任であった。 斎藤千栄治氏が担任したのは1年間であったが、この経験を当時の雑誌「小学校」7)に「劣等児及低能児教育の実際的研究」と題して 5回にわたって連載して いる。奈良女子大学の図書館で閲覧することができたが、 その内容は浅尾紘也氏が 発見した手記と重なるところがある。浅尾氏の資料集では 手記がどのような目的で書かれたものであるか不明とあったが、「小学校」に載せる ための原稿ないしは、手記にこの「小学校」の発行号と頁が出てくることから斎藤千 栄治氏が一冊の本にまとめよ うとしたものではないかと考えられる。斎藤千栄治氏 は後に京都市の小学校の校長となり、戦前の京都市における特別学級の計画設置の推 進に大きく貢献した。これについては、藤波高氏の「とり残された子らの京都の教育 史 明治・大正・昭和の実践」8)1988年 京都文理閣 に詳しく書かれてある。
<注と引用文献>
5)斉藤千栄治氏は明治45年から大正2年にかけて奈良女子高 等師範附属小学校の特別学級を担任 奈良県における低能児及び劣等児教育の先駆者
6)浅尾紘也 京都教育大学特殊教育学科 昭和41年度卒業論文(1966年)「精薄
児教育に於ける分団教育の歴史的考察」「同 資料集」 『精神薄弱問題史研究紀
要』No5 70頁 昭和42年5月15日 高橋智・荒川智 「大正新教育と障害児教育
の関係と構造−奈良女子高等師範附属小学校を事例として−」 障害者問題研究 第
48号1987年
7)斎藤千栄治「劣等児及低能児教育の実際的研究 (1)〜(5)」『小 学校』第16巻第3号5号8号10号12号 1913年11月〜1914年3月
『七十年 史要』創立70周年記念 奈良女子大学附属小学校 1981年
8)藤波高(1988): とり残された子らの京都の教育史 明治・大正・昭和の実践,京都文理閣,27頁
,大正11年 京都市立成徳小学校 校長斎藤千栄治は大正元年奈良女子高等師範
附属小学校で低能児学級(分団形式)を担任したことがあって、その経験から特別学
級開設への熱意と理解をもっていた。また、大正15年滋野小学校校長として田村一
二さんを特別学級担任として育てられ、永らく京都市特別児童教育研究会会長として
終戦前の其教育の功労者である。
奈良県における戦前の特別学級につては第1節の奈良女子高等師範附属小学校と後 述する第3節の桜井小学校の2例が早くから確認されているが、戸崎敬子氏の最近の 著書「特別学級史研究−第二次大戦前の特別学級の実態−」の中の大正期における全 国的な調査の中に治道小学校の記述9)があり注目される。
(1)治道小学校の場合
大正12年 特別学級(3年と6年に各1学級) 「成績 不良」児(知能指数90以下、身体発育不良、学習能力の一部の欠損、生理的欠損等
を有する児童。3学年20名、6学年28名、久保式知能検査実施) 日常生活の基
礎・道徳的基礎の養成。個人的・分団的指導。教科の軽減と進度の加減。実物教授の
重視。児童の将来を考慮し実際生活と連絡を図る。反復練習の重視。成績向上の際は
普通学級に復帰。 文部省文部大臣官房学校衛生課『特別学級編制に関する調査』
1923年(大正12年)10月調査、24年(大正13年)7月発行、全107頁 9)
戸崎敬子(1993):特別学級史研究,多賀出版,248〜249頁。 乙竹岩造「教育の
理論並に実際」大正10年9月109号・10月110号『奈良県教育』分団の本義は相
互にたすけあはすこと。低能児に対しては特別学級を編制する。
(2)朝和小学校の場合10)
10)大正期における文部省『全国特殊教育状況』の 「特殊教育実施校」に対する実地調査報告氈@高知大学教育学部研究報告 第40号
清水寛(埼玉大学) 戸崎敬子(高知大学)1988年 朝和小学校にも特別学級が
あったらしいが清水氏らの実地調査では確認されていない。